若葉、紫陽花、鶯。徳源寺。

By Akiko

梅雨の季節は雨が降ったり止んだりで蒸し暑く、暮らしづらい。が、そんな季節を大得意とするのが紫陽花。ということで、梅雨の晴れ間に、一年中季節の植物を愛でることができる徳源寺を訪れた。

到着すると石段下で大輪の紫陽花たちが早速お出迎え。

織田家宇陀松山藩主の菩提寺。1632年、織田高長(たかなが・宇陀松山藩2代藩主)が初代藩主父信雄(のぶかつ)を弔うために建立。初代藩主信雄は織田信長の次男。今も初代藩主織田信雄、2代藩主・高長、3代藩主長頼(ながより)、4代藩主・信武(のぶたけ)の墓石と位牌が祀られている由緒あるお寺(宇陀市ホームページ)。

敷地内には鳥居も。若葉の黄緑に朱色が映える。

当時にしては長寿の家系か、初代藩主からそれぞれ享年73歳、83歳、70歳と続いて、しかし4代藩主のみ享年38歳と書いてあった。不思議に思い帰宅してから調べてみると、なんと4代藩主は自害とのこと。

家臣に二つの派閥があった。古くから仕える老中が新参派閥の公金着服に気付き、摘発。しかし4代藩主信武は逆に老中側を征伐。このニュースが江戸にも届き、お上に説明がつかなくなった4代目の自害に至ったとのこと。iPhone もSNSもない時代。人々は政治ニュースをどうやって得ていたのか?

さて、そんなこんなで奈良県宇陀郡史料をサラリと見ていると至る所に家系図が。由緒ある家の子沢山に改めてびっくり。それにしても、男子は全員名前の記述があるのに、女子は「女」の記述だけ!こんなにたくさんの子孫を産んで育てた女たちの名前はない。それはないでしょう、と思いながらページを捲る。

話を梅雨の徳源寺に戻す。雨を存分に受けた紅葉の若葉が、梅雨のひと時の気分を明るくしてくれる。敷地内は手入れが行き届き、次世代に大切に歴史を継承されている様子が伺える。これだけの広さ。一来訪者として感謝したい。

鳥居をくぐって五輪の塔その他に手を合わせる。静けさ。

と、突然澄んだ鶯の声が響き渡った。政治に翻弄され17世紀を生きた宇陀松山藩主ら(と彼らの妻たち!)もこうして梅雨の晴れ間にここを訪れ、鶯を聴きながら何を思ったのか。心洗われるひと時となった。

3 thoughts on “若葉、紫陽花、鶯。徳源寺。

  1. ゆき says:

    なかなか、興味深い、一度わ行ってみたくなるような文章でした❗歴史も感じられ、勉強になり楽しめました。

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    1. Okuyamato says:

      素敵なコメントをいただき、ありがとうございます。楽しんでいただけて嬉しいです!

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  2. よう says:

    実家のある宇陀に、歴史も深く、又自然美しい“徳源寺”があるということを初めて知りました。
    綺麗な紫陽花はもちろんのこと、代々の藩主や家系図の話などとても興味をそそられるお寺。
    機会があれば是非訪れてみたいです。

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