青龍の棲む池

by Akiko

その名も龍王ヶ渕

標高530メートルにできた自然池。あまりに美しく澄んだ水面に映る木々を眺めていると、底深く龍王が棲んでいても、おかしくないと思ってしまう。

「雨を賜れ、賜れ、タンブリ、タンブリ・・・」

村人は池の周りを回る。もう1ヶ月も雨が降っておらず、田んぼは干上がっている。

迫る夕闇に、村人たちが手に持つ松明の火だけが揺れる。太鼓の響きが、だんだん大きく早くなり、それに合わせて念仏もますます高まる。すると・・・

静かな池の表面に渦が巻き、たちまち大きな青龍が池の底から首を持ち上げた!

のかどうかは、わからない。が、あまりに美しく澄んだ水面に映る木々を眺めていると、底深く龍王が棲んでいても、おかしくないと思ってしまう。(ちなみに、伝説では池は底なしで、インドにつながっているのだそう。どれだけ深いねん・・・)。

水鏡に映る木々

今のように水道のない時代、飲み水は死活問題。人々は、標高530メートルに自然にできた池になみなみとたたえた水に神秘と脅威を感じたに違いない。この地域では今でも雨乞いをする時は、例の「タンブリ・・・」念仏を唱えながらこの池の周囲を回るとか。

宇陀には太古より主水部(もひとりべ:聖なる水を王権に進献する職)が設けられていた。また、古代の人々は水銀を産する宇陀の地で水浴をし、不老不死の神仙にあやかろうとした。1400年前の昔、大和に国家のようなものが出き始めていた頃、水源のまわりに政治、しごと、くらし、文化がつくられていった。水鏡の淵にもう一度立つ。さっきの青龍が頭をもたげて、しばらくこっちを見ていたかと思うと、静かに池の奥深く(インドか・・・)へ帰っていった。水源をめぐる紛争が世界各地で見られ、気候変動で水危機が叫ばれる今の世の中に、彼女(この青龍は女性です)は何を見たのか・・・。

写真右、白い鳥に見えるのが「天女)かも

ここには、天女伝説もある。水浴していた天女が、藤原時廉(ときかど)に衣を盗まれ、驚いて靴を脱いだまま天に戻ったということから、「沓(くつ)脱ぎ池」とも呼ばれる。と言っていたら、前方の山のちょうど真ん中に、黄金色に日が射して、まるでそこに天女が降りてきそう!(注:写真右、白い鳥に見えるのが「天女)かも。著者の妄想)。

池の周りを散策するのも楽しい

さて、最後に。著者はハノイに住んでいたが、タイ湖(西湖)にもやはり大きな龍が二頭(?)棲んでいた。こちらは逃げ隠れもせず、バイクやチャリに乗ったハノイ市民といつも歓談し、その湖の淵にまったりと腰をおろしておられた。東アジア一帯で見られ、庶民に親しまれている、龍伝説。文化的連帯を感じる。(ちなみにイギリス・ブライトン市のパビリオンにも龍の彫刻があるが、制作者は少々混乱していたらしく、その龍には羽が生えている。ちょっと違う文化圏か)。一方、天女伝説は世界各地で、あるそう。

ハノイ市民と歓談するベトナム、タイ湖の二頭の龍